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伊良林1丁目は地理的に長崎市の中心部に程近く、諏訪神社の正面、新大工町商店街へ徒歩圏内、諏訪神社・新大工町の両電停へも5分以内という極めて立地条件の良い土地である。しかし戦争や再開発の影響を受けていないため、大正時代の建築物が多く残る旧さから、昔ながらの町並みが残っている。その反面、車庫の確保が難しく、若年層の定住率が概ね20%以下と低いのが現実である。 自治会統計(平成14年4月現在)によると、居住人口は423人、世帯数は177世帯(戸)、平均年齢が52.5歳、小学生数は22名、未就学者数においては8名とかなり先細りの傾向が見られる。さらに老人だけの世帯(70歳以上)18戸、老人の独居世帯32戸(名)を抱え、こちらは増加している。ちなみに就業年齢外人口を数えると、15歳未満が39人であるのに対して60歳以上は183人というのが伊良林1丁目の現状である。(平成14年) |
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地域(町内)とは私にとって大きな家族であり、地域活動は私の生活の一部である。 地域の活動はそこに住む人がいる以上、必ず存在するものと思う。地域社会とは、辞書によると「村・団地などのように、あまり広くない範囲の土地に住み、生活のうえでの結びつきの強い社会。コミュニティー。」とある。 つまり、自分が住んでいるところが、自分にとっての地域社会であり、自分自身が地域社会人なのである。 当町・伊良林の風潮や現状として挙げられる良い点は、然程強制される事も無く行事に参加できること、来た人たちを優しく迎え入れることなどであろう。またこれから考えていくべき点は、若い人達も含めて住民の参加が少ないことや、前例主義になりがちで行事に継続の力が弱いことなどであろうか。(平成9年) |
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平成10年、前役員の総辞職により、新役員会(平田会長第一期)の発足、それでも続く低迷。 平成12年、役員改選に伴い会長(平田会長第二期)・文化部長・青年部長以外のメンバーが一新された。ここで大きく若返り、8割方が現役在職の人となった。 役員は毎月、役員会と常会(各組の委員を含めた会議)の2回の会議に集う。内容的にはほぼ慣例の行事なのであるが、前任期と違うことがある。親睦会の開催である。それもいつの頃からか(ほとんど最初から)、みんなで頭割勘定しようということで、『500円宴会』となっている。『500円宴会』とは、常にみんなが500円を払って親睦会を運営することである。これがまた良い感じで、それを目当てにといっても大げさでないくらい、以前からは考えられないほど会議の役員出席率が上がっているのである。まさにノミニケーションという感じだ。たまに他町に人を招くこともあるが、招かれた人でさえ500円は強制的に徴収される。(笑)しかしみんな喜んで払ってくれるところが面白い。(平成12年) |
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伊良林には『竹ン芸』で有名な若宮稲荷神社があり、総代でもある私は子供神輿の奉納を担当している。 神輿担ぎには毎年約100名の子供が集まるのだが、ここ数年は氏子町の4・5・6年の男女で70名程度と前年からして30名減である。これは単純に減っているのではない。あくまでも有志として参加するため建前として強制はできない。キツイから参加したくないと言う子供もいるらしい。親の意向で出されない子供も多いらしい。 郷土の歴史や祭りを経験する機会を見す見す逃しているのはある意味、かわいそうである。このたった3回の機会に参加しなかった彼らは大人になって、この氏子町に住み続けたとしても、恐らく親である彼らはその子供を祭りに出すことはないであろう。(平成12年) |
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「祭り」とは本来宗教行事であり、盆踊りなどの先祖供養や、神社の祭りなど神の崇拝、それに伴う祭りにおいては序列の確認など精神的修養・教育の場であった。また「祭りごと」とは「政(まつりごと)」であるという言葉のつながりから見ても、政教は一致する。 またそれが住民の役に立つ術として存続した理由のひとつは精神的高揚によるストレスの発散、そしてもうひとつは地域振興策とは言わないまでも檀家や門徒から金を集め、生活に不自由する人々への再配分が行われる慈善組織という性格も持ち合わせていたからである。 幕府はまつりに関わらないながらそれを推奨し、民衆が幕府に反逆する芽を摘んだ。 現代においては政教分離の原則があるが、地域貢献の観点から商業と政治が一致する。その形は現在で言うところの一般的な「お祭り」「イベント」に相当する。その狙いは精神的高揚を経済活動、つまり商店街や地域を活性化させるための商売、簡単にいえば財布のひもに直結させるところにある。それを過去の例に当てはめると明らかに違うところは、役所が積極的に関与してくることである。 しかしながら旧来、景気を浮揚してきた要因の多くは大衆文化であり、民衆の力である。役所や国策ではない。リゾート法然り、地域振興券然り、IT推進然り、金融支援然り、諫早湾干拓かくの如しであり成功した例(ためし)はない。 身近なところでは最近有名になってきた長崎の冬のまつり『ランタンフェスティバル』の事例である。この祭りは中華街に残っていた『春節祭』を発展させて市民をあげたイベントにしようと中華街の青年たちが役所へ話を持ちかけた。しかしその時役所は相手にしなかった。それでも地道に青年たちは祭りを続けてようやく有名になってきた頃に、今度は役所からオファーがあったらしい。言わば良いとこ取りであり元の主催者たちは良い顔をしていないと聞いている。 おそらく今後問題になっていくと思われるが、本年から『偽長崎くんち』が始まる。 『長崎くんち』は本来10月7・8・9日に限定され、さらに天候により順延があるという観光業界からするとじつに扱い難い商品である。しかし観光は後から付いてきたものであって、本来は神社の氏子や奉納する踊り町の都合が優先する場である。『偽長崎くんち』とは祭り本番の後の週末に観光用に出し物を演じるらしい。さてさてその善し悪しの判断はこれを読まれている方に任せて、私が言いたいのは『魂の抜けたまつりを観て感動できますか』ということである。(平成14年) |
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人間1年につき一歳づつ年を取る。10年経てば十歳年を取る。当然のことであるがそれを組織に当てはめたらたいへんなことが起こる。組織の硬直化である。冒頭に述べた通り、当町の風潮や現状として挙げられ考えていくべき点は若い人達も含めて住民の参加が少ないこと(当時)や、前例主義になりがちで行事に継続の力が弱いこと(当時)などはほぼ組織の硬直化の弊害といって間違いない。 さらに自治会役員の永年表彰という足かせもあるらしい。詳細は知らないが、数十年勤めると市長から表彰されると聞いたことがある。つまり住民本位ではなく自らの年数稼ぎのための継続であるというのだ。従業員や下部組織ならば永年勤続も表彰されるであろうが、自治会とはその名の通り「自治組織」なのである。リーダーが人から誉められることを目的とすれば、それは立派な下部組織と言えるのではないだろうか。 そして最も気に掛かるのが、引継ぎの気力と体力と人に任せることのできる度胸である。 或る事を行うとき、「自分がやったほうが楽」と思った経験は誰しもがあるだろう。そのような時、人はどういう行動を執るだろうか。無理に次の人を推挙した上に辛い仕事を任せて「引継ぎ完了」と手放しに喜べるほど太い人間はそうめったにいないだろう。ましてやお互いご近所なのだから。それならもう一期だけでも「自分がやったほうが他人に迷惑をかけない分、楽。」と思うのが人情であろう。それを続けていくうちに一期もう一期が重なり引き継ぐ気力さえ失われていっても当然ではないか。 結果論ではあるが当町の会長は私の知る限りでは過去4人中2人は「死亡交代」であった。こうなると進行中の行事に支障をきたし、不明な部分が多発しても「死人に口なし」ではさらに状況が悪化するのである。(平成12年) |
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我が長崎市でも遅れ馳せながら、本年2月からゴミ袋が有料化された。その目的は有料化によるゴミの減量である。長崎市から自治会の衛生部長宛に「ゴミ減量の効果が上がっている」というじつに喜ばしき報告もあるが、デメリットがないわけでもない。 予想されていたことではあるが、一部他町の自治会で会員を辞める世帯が増えていると伝え聞く。確かに市から自治会への委託業務に「広報の配布」と「ゴミ袋の配布」があった。それが現在「ゴミ袋の配布」がなくなったことに起因するものと言われている。 つまり何もやっていない(消極的な)自治会では参加価値(消極的な意味でのメリット)がなくなってしまう。それにどう歯止めをかけ立て直していくかは、当該自治会役員の手腕にかかっている。しかし根本的には、その役員達が自治会のことを本気で考えているのかという気持ち現れが即ち現在の会員離れという形となっているのではないかと思う。 自治会には行政上、様々な位置付けがある。自治会本体としては自治振興課の傘下に位置し、ゴミ関連は環境衛生部、公安関係は警察署、消防は各分団などなど関連するものが現在のところ他町自治会を除いても28団体ほどあることが判った。大変ではあるが現実的には悪ばかりではない。ただし「自治会」である以上、役所の下請けではなく独立した組織であるべきだ。要はバランスであり、人望ある会長など役員のリーダーシップによりまとまっていくものである。(平成14年) |
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最近あるルールが見えてきた。そのルールとは、「人の話を聞く」ということである。いまさら大したことはないのだが、その重要さがかなり発揮されてきた。また他の地区や様々な集まりの不満を集約してもそこへ行き着くのである。会議とは即ち『人』である。 役員会のルールはこうである。 会議の中や会議に限らずその後の飲み会においても、誰かが話し始めるとその話が終わるまで周りから絶対に話に割り込まない。割り込もうとすると、その周りが制止する。 たったこれだけであるが、「割り込んだ話を制止する」というのがなかなかできないことであろう。ここが今の役員会のすばらしいところである。立場や歳は関係ない。最年長の自治会長でさえ、話に割り込もうとすると制止されるのは言うまでもない。 「人の話を聞く」、「聞いた上で話をする」この基本的なルールが確立されるだけで、民主的かつ公平に充実した話し合いは進むのである。(平成13年) |
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『伊良林一丁目自治会』の役員名刺を作った。自治会は法人であるので、役員は立派な法人の役員である。当然、対外的なお付き合いも発生する。業者と打ち合わせをしたりもする。自治会員に不幸があったときには通夜、葬式に行かなければならない。「そのような時に名刺があると便利だな」といわれ、パソコンで名刺用紙を使って簡単に作ってみた。デザインの監修は、版画趣味の中村会長である。 名刺の記載項目は「シンボルマーク」「自治会名」「役職」「氏名」「自宅住所・電話番号」「公民館所在地・電話番号」「ホームページアドレス」その他、各自の要望で「勤務先・電話番号」「メールアドレス」「携帯電話番号」などである。 役員全員分を作り、役員会の席で会長から手渡した。みんな驚いていたが、満更でもない感じであった。飲み屋で配る者、仕事で配る者など使い方は人それぞれであるが、役員であることの意識と責任感を高めることに一役買っているのは間違いない。(平成14年) |
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自治会員が亡くなったときには自治会から香典を出す。よって必然的に葬儀に出る機会がふえる。そこで感じることは、お年寄りの葬儀は寂しい。賑やかな葬儀でも当然寂しいのであるが、人の来ない葬儀は最も寂しい。いろいろな条件にもよる。現役を引退して永いこと経つ。近所付き合いがない。子どもがいないもしくは遠方に住んでいる(遠方に住んでいるとは、帰って来ないという意味ではなく、子どもの友人知人業務関係者が来ないということである。)…などなど。 そのような状況が見えてきて、ある案が浮かんだ。多くで押しかけよう、と。基本的に自治会長もしくは役員代表がひとりは弔問するが、手隙の役員はなるべく同行しようと決まった。 現実、自分の家から年寄りを見送ったときにも近所の人たちが多く集まってくれた。少々賑やか過ぎたが、身内が沈まずに済んだことには心より感謝した。(平成14年) |
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NHKのラジオ番組で自治会についての議論をやっていたことがある。反対派(参加消極派)曰く「自治会役員は、さも自治会活動が正統であり、住んでいる限り参加して当然であるかのごとく言われた。だから参加したくない」とのこと。また別の人は「自治会活動はボランティア活動なのでぜひ参加しなさいということを言われた。自分は他の形でボランティアがしたい」と言う。 確かに町内だけが付き合いではないし、自治会活動だけがボランティアではないという意味では正論である。まずは自治会活動・役員としての参加というものはボランティアの選択肢のひとつであるということを主唱者本人が認識する必要がある。謙遜・返り参加 『役員になる』ということについては意識改革の最重要議題である。 話はそれて私の身の回りで感じることだが、人間ある程度の年齢を超えたとき、例えば勤めから退職した後などに「暇がある」と言えない嫌い(傾向)があると思う。どうも他人には「自分は暇人ではない」と思って欲しいらしい。大体の人が思い付くことであろうが、役員として推薦する対象は「最近定年退職した人」が最も槍玉として挙げやすい。しかしそれには大きな問題がある。みんなが「暇な人」を探し出して役員を引き受けてもらうという意識である。「自治会役員を引き受けること」イコール「自分は暇人と認めた」という図式ではなかろうか。こうなると自治会役員とは名誉職の一言では片付けられなくなる。人間としてのプライドをかけた問題である。 そこで、新しい発想により地域活動の位置付けを変えてみてはどうだろう。 現在の位置付けは、各班や各組の委員は当番が回ってくるので仕方なしに行う、いわば義務という感覚が強い。しかし役員は2年から3年の任期がありその責任もそれなりに重い。だから誰もが就任を迷う。そこで意識を改革し、「ゴルフ」や「釣り」「園芸」「酒」といった趣味の延長として「自治会役員」を考えてみては如何なものだろうか。 自分の時間を使って労働や嗜好を行い自己満足という対価が得られるもの、それが趣味である。自治会役員なるもの、人のお世話をするという趣味があれば誰でもできることである。人のお世話という言い方は恩着せがましくてあまり好きではないので、「人とのお付き合い」と言い換えよう。(平成14年) |
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あなたに酒飲み友達はどれくらいいるだろうか?殊更酒飲みにこだわる必要はなく、遊び仲間でも趣味仲間でも良いのだが。話の流れでとりあえず「酒飲み友達」ということで進めたい。 一般に、「仕事が違う人と飲みたければ、同級生と飲め。年が違う人と飲みたければ会社の人と飲め。」と言われる。では、仕事も年も違う人と飲みたくなったらどうしよう?いないから困るという問題でもないが、いると楽しいと思わないだろうか。 退職後、まだ元気のある輩にはボランティア活動に参加する人が多くなってきている。ある介護ボランティアの世話人曰く、「自己紹介をしてくださいと言うと、以前の職業や役職について語り始めます。大半の特に男性に多く見受けられますね。」と言う。善し悪しは別にして、職業や役職とは姓(かばね)であり、これは即ち権力の象徴であり、決して悪気があるのではないが相手に対する威圧である。つまりはその自己紹介の中で「あの人は偉い人」「あの人は厳しい人」と、聞いた人の判断でランク付けがされてしまいその後の付き合い方に多からず影響を与えてしまうのである。とはいえ秘密にすることでもないであろうが。 町内で飲んでいて楽しいと思う。仕事上付き合っている人がいないので、お互いにいろいろな話ができる。逆に仕事の話でもしようものならみんなが集りに入るほど。いわゆるご法度であり、私もそこで儲けようとは更々思っていない。つまりは利害関係がないのである。人間生きていく上でいろいろな利害関係を持ち合わせているのは誰しも感じているだろう。それを感じずに飲む仲間なんてそう滅多にいないのではないだろうか。それが適うのが『地縁』であると思う。 ただ、近所の人の動向を知ること、この人がこういう仕事をしている、この人はこういう生活をしていると知ることは重要なことである。それ以前に存在を知ることがさらに重要でもある。なかなかこのあたりのバランスが難しいところではあるが。(平成12年) |
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阪神大震災の教訓。地震発生後、都会の生存確認が一週間かかったのに比べて周辺地区は3日と格段に早かったらしい。それは言わずもがな普段の付き合いがあればこその話である。 国内的に言えば周辺地区であるここ長崎でも、先述の都会化傾向がある。隣近所を知らないのである。 長崎大水害が起こってからもう20年前になる。水害の当日、高校生だった僕は母とともに一階の家財道具を二階へ上げていた。そのような状況のとき、タクシーの運転手をしている町内の方が「どちらか避難する所があれば、お宅のおじいちゃんおばあちゃんをお連れしますよ」と言って訪ねてきた。そのとき既に年寄りは少し高台にある知人の家に避難していたので有り難く断ったが、今になって、そのような援助も近所の方々を知らなかったらあり得ない事だとつくづく思う。 災害に強い地域とは、単に防火設備であるとか、耐震構造であるとかのハードが整っていることばかりではなく、隣近所の人的な状況を把握しているというソフトも立派な防災システムであると強く思う。(平成11年) 恒例の歳末夜警が終わり、何事もなく公安部長もほっとして年は明けた早々の1月10日。町内で放火事件が発生した。玄関前に置かれた原付バイクとそのシートの上に置かれた発泡スチロールの箱に火は放たれた。原付バイクは全焼、横の自動車が熱により少々ゆがみ玄関前の車椅子用リフト全損など、被害は大きかったが、幸いにして家屋や近所への延焼は防げた。5時頃と朝が早く大騒ぎにはならなかったのだが、不安は膨らんだ。早速近所のオバちゃんたちの井戸端会議では話題集中、その放火話は町内に広まった。 青年部長が知ったのは20時ごろであった。帰宅してすぐ隣のオバちゃんがうちへ来て「放火事件があったので(家の前に置いてある)バイク気をつけてね」と言われた。うちは四軒長屋なので隣もうちも同じうちなのである。さてさてそれならば玄関の中にでも入れておくかと入れてみるも入らず。自分のこともさておき、如何しようと考えあぐねていた。 まずは何か行動をと思い、20時30分青年部長は公安部長へ報告に行った。そして20時50分、二人して会長へ報告に行った。犯人がまたいつ現れるともわからない、夜中中町内警備するにも人手はない、しかし放火話の広がりから不安だけは確実に広まっている。どうしようかと話すうち、21時15分「実効性は無くとも、町内の人たちの不安は取り除かなければならないので、夜警を行なう」と結論付けた。緊急に町内役員と有志へ「町内で放火事件がありました。緊急夜警を行ないますので22時に公民館に集合してください」と連絡が回った。そして当日その場で都合のつく者10名ほどが集まった。会長から事情の説明があり、早速その晩からしばらくの期間の緊急夜警が始まった。 良し悪しの結論の出る行動ではないが、時間の経過からしても決断と行動の速さはすばらしいと思った。さらにその日その場で声をかけて集まった10名などもチームワークの良さが現れてきている。(平成16年) |
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地域活動は義務教育と同等と考えることができる。それは即ち学校教育と社会教育が互いに補完関係にあるものと思う。しかしながら昨今の風潮で社会教育の扱いが疎かになっているのは否めない。一部において社会教育を職場教育と混同している節も見受けらる。つまり学生・生徒の間は勉強だけやっていればよく、社会教育とは社会人になってから行われればよいという考え方である。事実、学校を卒業し会社に入った時、会社は新入社員研修と称して挨拶の仕方であるとか心構えであるとかごく当たり前と思える事を、ごく当たり前の顔をして教えるという"妙な"現象が今では"普通"なのだ。しかし、その"妙"に気づかない人が多く、地域における教育が、なお一層疎かになっているのである。(平成9年) そして急遽、「ゆとり」だとか「地域に帰す」だとか言われても前記のような社会風潮では受け入れ側の準備もない。(平成14年) |
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人は変わり、企業が変わり、それに合わせて社会も変わり続けている。 そんな中で、『自治会』というものが変わらなくて良いという理由はない。もしそれが、『伝統』という言葉にこだわり変わることができないというならば、無形文化財に指定して立派に保護していってほしい。昔から続く伝統を受け継ぐ方法はいろいろある。伝統と呼ばれるものには「精神」と「形」があり理想はその両方が受け継がれることだが、20年前のものでさえ現在に再現するのは難しいはずである。どちらかを選択する必要に迫られるならば、「形」としても必要な部分はあるだろうが、積極的に「精神」を選ぶべきであろう。 営利活動が行われるところはすべて時の流れに合わせて変わっていく。逆に営利が絡まない部分には恐らく面倒だという気持ちが半分、しかしあと半分は最もその純粋な心意気が残っているのではないだろうか。 時代は繰り返すと言われ、レトロブーム・和風ブームに代表される現在、各町が本来の精神をまとめ上げることができるならば、それはこれからの流行ともなり得ると考えられる。本当は流行ごととは思いたくないのだが。 本来、地域や自治会の振興などというものは井戸端会議やお祭りなどを通して当然議論されることなので、このような研究発表には及ばないものであると思う。しかし目の当たりにしてきた衰退の現実が、どうしても一度考えてみる必要を迫った。世の中で地域活動ほどカネにならない仕事はないと思う反面、自分も含めて人々が仕事に疲れても『まち』へ帰ってくるのが楽しくなる、所謂『じげもんの心意気』という壮大なテーマを与えてくれた伊良林1丁目自治会へ感謝し、これからもより良い地域を創造していこうと志気を横溢させている。 出来得るなら、経営学ならぬ自治会学なるものが学術的に確立されんことを願う。なぜなら営利を追求するという目的を持つ会社の社長になるよりも、町に住む何ら利害関係のない住民たちの互いの幸せを追求する自治会の会長を務めるほうが数段難しいからである。(平成14年) |
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平成9年からまとめはじめたこの研究も5年目となり、ホームページでの公開だけでしたが、今回講演の機会を頂き久しぶりにかなり筆を進めることが出来ました。中央会をはじめONB塾の皆様に厚く御礼申し上げます。そしてこのホームページは自治会役員にてさらに筆を加え、充実させていきます。 今後の更新にご期待ください。 |