諏訪神社の御輿
諏訪神社本殿

 諏訪神社には、諏訪・住吉・森崎の3つの大明神が祀(まつ)られている。長崎くんちのお下り・お上りに際して、それぞれの大明神が、神殿からお旅所へ移される。この御輿を担ぐのが、御輿守(みこしもり)と呼ばれる人たちである。

 
目立たない主役
長坂(ながさか)と呼ばれる参道の階段 長崎・諏訪神社にて10月7・8・9日に行われる、長崎くんちはあまりにも有名ですね。

 ところで長崎くんちについてはどれくらいご存知でしょうか?有名なのは、コッコデショや龍(じゃ)踊りに代表される、「奉納」と呼ばれるものであろう。奉納を行うのは長崎の旧77ヶ町で、ここを踊町(おどりちょう)といい、7年に1度奉納する。

 これに対し、周辺の郷部の男子の若者が御輿守として6年ごとに奉祀することになっている。以前は踊町と同じ7年毎だったらしいが、担ぎ手が集まらない御輿守町のひとつが辞退して、6年毎になったらしい。
 テレビ中継もされないが、お下り・お上りこそ、諏訪神社の神様が御旅所(おたびしょ)まで行かれるメインイベントである。

 

神様の重さ
 私は前回(平成5年)初めて参加したので詳しいことが言えないが、ひとことで言うなら「見た目以上にきつい。」という感想を持った。
 重い重い。とにかく重いのである。普段、御輿本体は神社の倉庫にしまってある。倉庫から取り出す時は大人8人で十分持てたのだが、なかに神様が乗り移られた途端に18人で持っても辛いほど、重くなるのである。掛け値なしに50キロは下らないと思った。(ということは1t以上?詳細不明)



御輿守について
 担ぐだけならまだしも、ご存知の通り担いだまま(一部ではあるが)走るのである。これを「守り込み」といい、守り込み次第でその郷の評価が決まる。よって宰領は守り込みのことだけを考えて采を振っているといっても大げさではない。
 守り込むとき、それはそれはその瞬間が地獄とも思えるほど凄まじいものであった。しかも御輿守の先輩方が周りを取り囲んでいるのである。
 我々(伊良林郷)が担ぐ御輿は住吉(すみよし)といい、三体縦隊の真中を行く。前を行くのが本河内(ほんごうち)郷の諏訪、後ろを行くのが鳴滝(なるたき)郷の森崎。この御輿の順番は変わらないが、どの御輿を担ぐかはくじ引きで決まる。ただ、3つの郷の代表がそのくじを引くとき、前に差し出されたものを目の前で引くので変わりようがないと伝え聞いている。


御輿守編隊図


 上図がその一体の編隊図である。先頭から宰領・副宰領・本体・交代肩で一編隊となる。全て宰領の持つ長采の振りひとつで、進行・停止が指示される。『連』とは本来『杖』と言っていたらしく、文字通り身を呈して御輿を支える役である。
 平成11年にこの『連』(本体右後)として参加したが、周りを見ながら御輿が美しく進むよう、常にまっすぐな体制を維持し、かつ宰領の采を見て進行・停止を制御するという難しい務めであった。後方の『白丁』(担ぎ手)は前が見えないのである。
 守り込む前には先輩方から激と指令が飛ぶ。前を走る諏訪を指しては、「諏訪を煽れ!」後ろを走る森崎を指しては、「森崎を引き離せ!!」と。ここでみんなが燃え上がり、「ヨーシャ!いくぞっ!」となる。その興奮は、実に新鮮で今までどこかへ忘れてきた、無邪気な子どもだった頃の興奮のように感じた。

御輿守写真集

伊良林一丁目の出番は平成23年10月7日と9日。

伊良林サイバー町内会

平成09年11月13日初版
平成11年11月02日更新
平成17年10月30日更新